宇宙の香り
『いつも笑顔でありがとう』三輪真純先生著書刊行会刊 (写真はクリックにて拡大表示できます)
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福山尾道倉敷玉島へ(5)

(玉島 円通寺の良寛堂と良寛像)
国民宿舎 良寛荘側の大分急な坂を登って茶屋に到り、良寛堂側から境内に入りましたが、
円通寺には三輪先生と二人以外の参拝者も無く、とても静かなたたずまいでした。
国仙和尚のもと22歳から33歳頃まで厳しい修行をされた円通寺そして良寛堂という事ですが、円通寺は小高い白華山中腹のあり、特に裏山からは瀬戸内海の遠望が開ける素晴らしい環境の地に建ってました。

(若き日の良寛47像)
私は始めてみる、珍しい若き日の良寛像が建ってました。
良寛さまの晩年の柔和なお顔を秘めながらも、修業僧の厳しく強い意志力を感じさせてくれてます。

(石書般若塔)
本堂の裏山直ぐの所に、石書般若塔というこれまた大変に珍しい塔が建ってました。
円通寺ガイド小冊子の解説によりますと、6百巻の般若経の一千万文字近い文字が、小石の一石々に一文字づづ書いて塔の下に納めてあるというもので、当時修行中の良寛さまの書いたものもあるのでは?、ということです。
民の惑病を療する願いを込めて為されたものらしいですが、この一千万文字とは凄まじい数ですね。
福山 尾道 倉敷 玉島(4)

(大原美術館門前にて)

(大原美術館本館前)
1/30の午後は倉敷の大原美術館を訪れました。美観地区内で倉敷民芸館から直ぐ近く。
立派な石造りの本館は実に堂々としており、ロダンの彫刻が両サイドで迎えてくれます。
本館、別館ととても広い美術館でゆっくり歩行の鑑賞は大変疲れますので車椅子に坐っていただき、音声ガイド借りてトータル3時間位と実にゆっくりと鑑賞を楽しむことが出来ました。
展示絵画は実に充実して、民間の美術館では最高級レベルと感じました。
モネ、ルノワール、ゴージャン、セザンヌ、ルオー、ピカソ、シャガール、モディリアーニ、他あげきれないほどの作品で、具象・抽象と実に広範囲の名画を収集してます。
個人的興味度高い作品でルチオ・フォンタナの『空間概念 期待』(赤一色のキャンバスの表面に3本のカッターによる切り込みを入れた作品)がここに収集されていることは、まったく知りませんでしたので驚きました。絵画でも彫刻でもない新しい表現法の作品です。
数ある名画の中で、1部屋に大作が一点のみ展示してあり、これがエル・グレゴの『受胎告知』でした。
後でこの美術館の創立者の伝記『大原孫三郎の生涯(*)』を読んでみましたら、この名画が先の大戦で米国による空襲からこの倉敷の町を救った、という事が分かりました。
この経緯は「昭和7年に満州事変調査のため来日したリットン調査団の一部団員が大原美術館を訪れ、そこにエル・グレゴをはじめとする名画が数々並んでいるのに仰天する。
このことからクラシキの名が世界に知れることとなり、太平洋戦争下も世界的美術品を焼いてはならぬと、倉敷は爆撃目標から外された」とありました。これも凄い話しですね。
(*)「わしの目は十年先が見える『大原孫三郎の生涯』」城山三郎著新潮文庫(美術館内で販売してましたので購入)
倉敷紡績社長であった大原孫三郎という人は文化事業にも大変熱心な凄い人物で洋画の収集には知人の画家児島虎次朗をヨーロッパに派遣して美術品を選定・購入させた。この虎次郎は東京美術学校を最優秀で卒業制作が皇室お買い上げとなるほどの画家で、ヨーロッパでは画家のアトリエを訪問して画家が大切にして手放したくない作品も説得して手に入れたと伝記にあります。
大原美術館には是非また訪れたいものです。
福山 尾道 倉敷 玉島(3)
8;30に千光寺山荘を出発、尾道から倉敷は電車で約1時間。

(倉敷美観地区の掘割風景)
倉敷では最初に美観地区を訪れましたが、
ここには掘割と街路樹、周りを取り囲む歴史を感じさせる奇麗な風景がありました。
チョッと福岡の柳川の掘割と川越の蔵造りの町並みの双方の美しさをミックスした感じがしました

(倉敷民芸館)

(民芸館で展示物を食い入るように見つめられる)
この掘割沿いを散策。途中にあった茶屋で一休み後、直ぐ近くの倉敷民芸館を訪れました。
江戸時代後期に建てられた米蔵を活用して、昭和23年に開館した日本で2番目にできた民芸館ということです。
東京駒場の日本民藝館は昭和11年に日本で最初に開館した民芸館ですがこちらも以前三輪先生と2人で訪れてます。
民芸館設立についてチョッと調べてみました。
日本民藝館はこの倉敷のクラレ社長で大原美術館の創立者である大原孫三郎の資金援助で民芸運動の提唱者である柳宗悦が設立し、この倉敷民芸館は大原孫三郎の息子でクラレ社長で父同様に文化事業に積極的な大原総一郎が米蔵4棟を提供して創られたとのことです。ここ倉敷が戦後「民芸の町」として知られるようになった背景には昭和21年に総一郎が招いた柳宗悦の指導で岡山県民芸協会が設立されたことがあるとのことです。
親子2代で民芸館設立に貢献しているんのですね。
次は大原美術館と大原孫三郎について記したいと思います。
福山 尾道 倉敷 玉島へ(2)

(尾道 浄土寺にて三輪真純先生)
1/29は福山でキムチ美人本舗の朴さんにお会い後、三輪先生に色々と地域情報をおくってくださった伊勢崎の方の故郷と言うことで、尾道を訪問しました。
尾道には古寺と言われるお寺が25寺もあるので驚きです。
数日前にこの中国地方にも雪が今までになく降ったとのことで、高崎や安中よりも多くの雪が残って寒い状況でした。
尾道は坂や階段が大変多い所で、先生には文学館や美術館訪問は歩いてはキツイので車で行ける浄土寺と西国寺を訪れました。
浄土寺は国宝の多宝塔などがある風格ある立派なもので、
また西国寺は天平年間に行基を開祖とし、火災後の平安の時には白河天皇の命で復興されたという。西国一の寺ということで名付けられたという長い歴史を持つお寺さんでした。

(尾道 西国寺)
尾道市街のシャッターが降りた店の多いのにはちょっと寂しい。
この日の宿は千光寺山荘で高台にあり、尾道港や四国へ通じる新尾道大橋などが一望の下に見渡せる素晴らしい所でした。
この宿のある千光寺公園一帯は桜の名所のようで、今回は行けなかった林芙美子・志賀直哉の関連も含め、また訪れたいものです。
福山 尾道 倉敷 円通寺(1)

(福山 キムチ美人本舗 朴さま訪問)
最初に福山訪問の件のご報告させていただきます。
かねてから、三輪先生がキムチの長期契約購入者を募るとか、支援されている岡山県福山市でキムチ美人本舗を経営されておられる朴さまを訪問して参りました。
焼肉店経営から現在のキムチの製造販売経営に変わられたのですが、ながらく体調がすぐれないという事をお聞きして三輪先生が心配されておられました。
今回の訪問時には新しい事業も軌道に乗り始めたと言うことで、まだ完全という訳にはいかないようですが、随分お元気なご様子でしたので先生も安心されました。
朴さまも先生と文通はよくやられてましたが、是非三輪先生にお会いしたいと考えておられたようで、今回の訪問をとてもお喜びの様子で宜しかったと思います。
次の訪問地からは、次回報告とさせていただきます。
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